大分県の県木は豊後梅、県鳥はメジロ。そして県乗り物はホバーである。大分は日本で唯一、ホバークラフトの定期航路が存在する県なのだ。
騒音や燃費など、ホバークラフトにはいろいろ弱点があるが、大分県民はこの乗り物を便利に使っている。
特に大分市内には、四人乗りのホバータクシーを運用している会社が二軒もある。大分ホバーと豊後ホバーである。大分駅前の乗り場には、南国らしくカラフルな小型エアクッション艇がいつも待機しており、列をなす乗客を収容しては、次々に滑り出して行く。
ホバータクシーの特長はもちろん水陸両用だということである。離島の多い大分県では、とても重要なことだ。客が行き先の島を告げると、運転手はただちに道 路を離れ、最寄りの海岸から海に乗り入れる。海上の巡航速度は時速一〇〇kmを超える。豊後水道は多くの漁船や客船で賑わっているが、ホバータクシーは障 害物の間を鳥のようにすりぬけながら、一路島々へと急ぐのだ。
しかし問題が無いでもない。運転手たちは海の男なのだ。当然気が荒い。だから、特に地上の道を走っているときなど、ライバル社のホバーが必要以上にゆっく り走っている(と思える)と、「じゃまでごわす」とか怒鳴りながら、もうガンガンぶつけてしまう。だが、安心してほしい。エアクッションのスカートが、衝 突の打撃をかなり吸収してくれるのだ。ホバータクシーは安全な乗り物なのである。
4/23/2005
無題
死神博士は激怒した。いならぶ助手たちには、手術着を通して肩から立ち上る青白い炎がはっきり見えた。解剖台上にだらりと広がった蛙のような贅肉の塊、こ りゃなんだ? 体の自由は奪われていても、意識は保っているだろうに、抵抗する気力も無い濁った眼、見苦しく緩んだ体、内臓器官の不調を疑わせる荒れた 肌。
博士は握ったメスを逆手に持ち替え、膨れた腹に突き立てた。
「───! ───!」
苦痛に身をよじり、初めて生き物らしい徴候を見せた被験者に一瞥もくれず、博士は後ろ上方の見学室に向き直り、手術帽とマスクをかなぐり捨てて、ガラスの向こうの軍服の男に指を突きつけた。
「やいゾル! この被験者はどういうつもりだ! いまどき秋葉原だってまだ生きのいいのが見つかるぞ。もっといい素材を持って来い!」
「おまえは板前か!」
ゾル大佐は言い返したが、内心ばつの悪い思いをしているようで、弱弱しく言い訳した。
「頭脳明晰、身体頑健、志操堅固なんてのは滅多におらんよ。改造しても逃げちゃうし」
「人事みたいに言うな! まったくもうっ」
そそくさと手術室を片付ける助手たちを尻目に、博士は足音も荒く手術室を後にした。
死神博士は鎮静剤の必要を感じていた。かつては傲慢以外の罪に縁の無かった彼だが、ゾル大佐と組んでから怒りっぽくなった。普段着のグレイのスーツに着替え、研究室のデスクに戻ったが、思索に集中できない。
こういうときはあれに限る。手の中に、一組のカードが、魔法のように忽然と現れる。タロット。ピアニストのように長い、汗ばむことのない指に操られ、カードは風にそよぐ木の葉か、流れる砂のような音楽を奏でた。
絶好調だ。ひとしきりカードと戯れた後、博士はデスクの上に、過去、現在、未来を表す三枚のカードを裏向きにスプレッドした。次の一瞬、残りのカードが隠しポケットに消える。
おもむろに過去のカードを開く。
死神。ラッキーカードだ。
次に現在。
悪魔。
(悪魔女医‥‥しばらく会っていないな)
デスクの上のカードをなでると、それらは消滅する。未来はいつも見ない。彼は占いを信じない。
悪魔女医は、死神博士の同僚である。かつて彼の助手として組織に加入したのだが、他の十把一絡げと違って本物の才能があるのがわかったので、さっさと独立 させた。以来、国際人体改造学会の最先端の座を、二人で分け合ってきたと信じている。手術の腕もいい。最近は、痛くないという理由で彼女を指名する被験者 が多いということだ。
(軟弱者どもが)
とはいえ、死神博士自身も、自分の手術は頼みたいと思っている。世の中の誰に対しても冷淡で、よくて実験材料、しばしばそれ以下としか思わない博士だが、彼女は別だ。
ただひとつ困ったことがあるとすれば、タコ好きの変わり者だということだ。
確かにヒョウモンダコの毒性や、擬態能力は大したものだ。だが改造人間のモチーフとしてはやはりイカだ。イカで決まりだ。このへんで意見がかみ合わず、い つも喧嘩になってしまうのだが‥‥季節の和菓子でも持って遊びに行こう。手づから茶を淹れてくれるだろう。いつものように。
博士は握ったメスを逆手に持ち替え、膨れた腹に突き立てた。
「───! ───!」
苦痛に身をよじり、初めて生き物らしい徴候を見せた被験者に一瞥もくれず、博士は後ろ上方の見学室に向き直り、手術帽とマスクをかなぐり捨てて、ガラスの向こうの軍服の男に指を突きつけた。
「やいゾル! この被験者はどういうつもりだ! いまどき秋葉原だってまだ生きのいいのが見つかるぞ。もっといい素材を持って来い!」
「おまえは板前か!」
ゾル大佐は言い返したが、内心ばつの悪い思いをしているようで、弱弱しく言い訳した。
「頭脳明晰、身体頑健、志操堅固なんてのは滅多におらんよ。改造しても逃げちゃうし」
「人事みたいに言うな! まったくもうっ」
そそくさと手術室を片付ける助手たちを尻目に、博士は足音も荒く手術室を後にした。
死神博士は鎮静剤の必要を感じていた。かつては傲慢以外の罪に縁の無かった彼だが、ゾル大佐と組んでから怒りっぽくなった。普段着のグレイのスーツに着替え、研究室のデスクに戻ったが、思索に集中できない。
こういうときはあれに限る。手の中に、一組のカードが、魔法のように忽然と現れる。タロット。ピアニストのように長い、汗ばむことのない指に操られ、カードは風にそよぐ木の葉か、流れる砂のような音楽を奏でた。
絶好調だ。ひとしきりカードと戯れた後、博士はデスクの上に、過去、現在、未来を表す三枚のカードを裏向きにスプレッドした。次の一瞬、残りのカードが隠しポケットに消える。
おもむろに過去のカードを開く。
死神。ラッキーカードだ。
次に現在。
悪魔。
(悪魔女医‥‥しばらく会っていないな)
デスクの上のカードをなでると、それらは消滅する。未来はいつも見ない。彼は占いを信じない。
悪魔女医は、死神博士の同僚である。かつて彼の助手として組織に加入したのだが、他の十把一絡げと違って本物の才能があるのがわかったので、さっさと独立 させた。以来、国際人体改造学会の最先端の座を、二人で分け合ってきたと信じている。手術の腕もいい。最近は、痛くないという理由で彼女を指名する被験者 が多いということだ。
(軟弱者どもが)
とはいえ、死神博士自身も、自分の手術は頼みたいと思っている。世の中の誰に対しても冷淡で、よくて実験材料、しばしばそれ以下としか思わない博士だが、彼女は別だ。
ただひとつ困ったことがあるとすれば、タコ好きの変わり者だということだ。
確かにヒョウモンダコの毒性や、擬態能力は大したものだ。だが改造人間のモチーフとしてはやはりイカだ。イカで決まりだ。このへんで意見がかみ合わず、い つも喧嘩になってしまうのだが‥‥季節の和菓子でも持って遊びに行こう。手づから茶を淹れてくれるだろう。いつものように。
世界時計の間
死者は、いつもこの薄暗い荒野で目を覚ます。
昼も無く、夜も無く、草一本も生えない、見渡す限りの赤土の荒れ野だ。目につくほどの岩も無い。何度も何度も、繰り返し蘇るあまたの死者の足の下で、すっかり磨り減ってしまったのだ。
ここは永遠の流刑の地だ。ひとたびこの景色を目にした者は、これからずっと、何度も見ることになる。
こ の荒野にも果てはある。その先は文字通りの地獄だ。だがこの場所には目に見える変化というものがない。風景と同じくらい荒廃した時間が、いつまでも不毛 に流れてゆくだけだ。だから死者たちはみな、この感覚遮断の牢獄に耐えかねて、地獄をめざして歩みだすのだ。方角はどうでも構わない。他に行き先は無い。 荒野のかなたは永遠の絶滅収容所があるばかりだ。
誰も確かめたものがいないが、地獄の亡者の間に伝わる根強い噂があって、地獄にもまた限りがあ り、首尾よく横断しきったものは、楽園か現世かそれとも別の 何かか、とにかく別の場所に行けるのだという。もっとひどい地獄だという意見ももちろんある。当然だ。希望は地獄で最悪の拷問具だなんてことは誰でも知っ ている。そして永遠に蘇りつづける死者たちは、無限に死の行進を続けるのだ。
しかし――
あるとき、ひと群れの亡者たちが、それまで誰も試さなかったことをした。地獄から赤い塵の荒野に戻っていったのだ。彼らの手には、何本かの粗末な道具が握られていた。そして亡者たちは――邪魔が入らぬよう、境界から十分に離れて――穴を掘り始めた。
幾 星霜の間、無数の足に踏みしめられてきた赤土は、ほとんど堆積岩のように硬くなっていた。だが、道具を持ち込んだ者たちは、あきらめなかった。飢えて倒 れて死ぬまで大地を削った。仲間の死体を食料として、亡者たちは掘り続けた。道具が磨り減ると、仲間の骨を使った。爪で地面を引っかいた。指がだめになる と次は歯だった。彼らは狂っていたのだ、もちろん。
生き残りがあと三人まで減ったとき、最初に死んだ仲間が、荒野の奥から帰還した。次に帰って来た者は、何人かの新たな仲間を連れてきた。
サイクルが閉じた。
少しずつ、少しずつ、薄紙を一枚一枚剥ぐように、穴は深くなっていった。
どれほどの時が過ぎたのか、突然、穴の底が崩落し、彼らの苦闘は終わりを告げた。生き延びた者もいたが、多くの仲間が埋め殺された。かまわない。いずれ帰ってくるだろう。
そこは、石造りの、広大なネクロポリスだった。
ネクロポリスは、死者にとってすら稀な、圧迫感を感じるほどの静寂につつまれていた。そして暗黒。
昼も無く、夜も無く、草一本も生えない、見渡す限りの赤土の荒れ野だ。目につくほどの岩も無い。何度も何度も、繰り返し蘇るあまたの死者の足の下で、すっかり磨り減ってしまったのだ。
ここは永遠の流刑の地だ。ひとたびこの景色を目にした者は、これからずっと、何度も見ることになる。
こ の荒野にも果てはある。その先は文字通りの地獄だ。だがこの場所には目に見える変化というものがない。風景と同じくらい荒廃した時間が、いつまでも不毛 に流れてゆくだけだ。だから死者たちはみな、この感覚遮断の牢獄に耐えかねて、地獄をめざして歩みだすのだ。方角はどうでも構わない。他に行き先は無い。 荒野のかなたは永遠の絶滅収容所があるばかりだ。
誰も確かめたものがいないが、地獄の亡者の間に伝わる根強い噂があって、地獄にもまた限りがあ り、首尾よく横断しきったものは、楽園か現世かそれとも別の 何かか、とにかく別の場所に行けるのだという。もっとひどい地獄だという意見ももちろんある。当然だ。希望は地獄で最悪の拷問具だなんてことは誰でも知っ ている。そして永遠に蘇りつづける死者たちは、無限に死の行進を続けるのだ。
しかし――
あるとき、ひと群れの亡者たちが、それまで誰も試さなかったことをした。地獄から赤い塵の荒野に戻っていったのだ。彼らの手には、何本かの粗末な道具が握られていた。そして亡者たちは――邪魔が入らぬよう、境界から十分に離れて――穴を掘り始めた。
幾 星霜の間、無数の足に踏みしめられてきた赤土は、ほとんど堆積岩のように硬くなっていた。だが、道具を持ち込んだ者たちは、あきらめなかった。飢えて倒 れて死ぬまで大地を削った。仲間の死体を食料として、亡者たちは掘り続けた。道具が磨り減ると、仲間の骨を使った。爪で地面を引っかいた。指がだめになる と次は歯だった。彼らは狂っていたのだ、もちろん。
生き残りがあと三人まで減ったとき、最初に死んだ仲間が、荒野の奥から帰還した。次に帰って来た者は、何人かの新たな仲間を連れてきた。
サイクルが閉じた。
少しずつ、少しずつ、薄紙を一枚一枚剥ぐように、穴は深くなっていった。
どれほどの時が過ぎたのか、突然、穴の底が崩落し、彼らの苦闘は終わりを告げた。生き延びた者もいたが、多くの仲間が埋め殺された。かまわない。いずれ帰ってくるだろう。
そこは、石造りの、広大なネクロポリスだった。
ネクロポリスは、死者にとってすら稀な、圧迫感を感じるほどの静寂につつまれていた。そして暗黒。
1/13/2005
動物使い
「やあ、はじめまして。私、(ティンパニのような楽しげな旋律。パンポン・タントン・コン)です。アルタイルのケトルドラマーです」
「ブー」
またはじまった、とエミリオ・ゴルジは思った。地球に来たての異星人は皆、家畜に向かって挨拶する。もちろん飼い主にもするのだが。人間と動物の区別がつかないのか。しかし野生動物と人間はちゃんと識別できるらしい。不思議なことだ。
ケ トルドラマー種族の頭部は、八個のルーペを、柄の先を軸に扇のように開いた形をしている。ルーペにはレンズの代わりに鼓膜が張られていて、発声器官と聴 覚器官を兼ねている。一番高い所にある一対の鼓膜が一番小さく、左右に離れるにつけ大きくなっていく。それぞれ帯域が異なるわけだ。
「失礼ですが親御さんにはあんまり似ておられませんな」
当たり前だ。
「それは豚です。私の子じゃない。家畜ですよ」
ゴルジは本職の農夫だが、実は国連職員でもある。肩書きはずらずら長いが、要するに異星人にイタリアの農村生活を体験してもらおう、というホームステイのホストが仕事だ。
(パンポン・タントン・コン)は絶句しているように見えた。
これまたいつものことだ。イタリア語を自由に操り、家畜という言葉を知っていてさえ、実物を前に、異星人はあからさまにショックを受ける。
マルコに来てもらってよかった。第三者から説明されれば納得するだろう。さもなくば、新しい下宿人は、猫のルーシーや犬のシーザーにまで、いちいち自己紹介をしかねない。
マ ルコはシリウス系のミラーボール星から来たクイックシルバーだ。ミラーボール星は、六千年前、シリウスBの新星化によって大気を引き剥がされ、惑星自体 も鏡面のように磨かれてしまった。住民は、全身をサイボーグ化することで生き延びた。手にも足にも変形自在の、反射性の絶縁皮膜に包まれた、水銀の滴のよ うな生物。
ゴルジの農場にひと月前から逗留しているが、最初はこのケトルドラマーより衝撃が大きかった。なにしろ彼の故郷では、クイックシルバー 種族以外の生物は、 彼が生まれる遥か以前に絶滅している。一つの星に複数の生物種が存在すること自体が異常なのだ。なのに、ああ、先祖の骨よ。地球の人類種族は、他の動物種 を傍らに住まわせているのです。
マルコ(ゴルジがつけた名前だ。彼の本名は一瞬の電波信号である)はケトルドラマーに向けて絶縁皮膜の一部を振動させた。
「はじめまして(パンポン・タントン・コン)。私は、マルコと呼ばれています。ごらんの通りクイックシルバー種族のものです」
同時に、人間には聞こえない高周波の集束ビームを照射した。
(動揺するな。冷静を装え。人類種族に警戒させるな)
ケトルドラマーは、見たところ人間と同じ、二本の腕と一個の頭を持つ二足歩行動物である。だが実際には左右対称の六肢生物から進化した。頭に見えるのは音波の送受信に特殊化した一本の腕にすぎない。では残る一本は?
衣 服の襟元を止めるブローチの奥に、「頭」をそのままミニチュアにした八本指の鼓膜の束が隠されていた。ブローチに刻まれた、彫刻に偽装した開口部を通じ て、超音波を送受信できるのだ。この能力は人類には秘密にされていた。自衛のためである。星際社会にとって、新参者である人類種族は、いずれ敵対するかも しれない相手だ。
(パンポン・タントン・コン)は、マルコと同じように、二つの周波帯で返信した。
「よろしくお願いします、マルコさん(資源動物を栽培するなんて。異常行動だ)」
「こちらこそ。旅はいかがでしたか?(地球では普通だ。旅は快適だったろう?)」
「快適でしたが、何せ長旅でね‥‥(そうなんだ。乗り物に乗っている間、生命維持装置の負荷がゼロだった。わが種族の代謝を分析したに違いない)」
ゴルジは慌てて豚を足元から追い払った。
「おっと、こりゃいかん。お疲れでしょう。中へどうぞ」
「荷物は私が持ちましょう(人類種族にとっては標準の手続きだ。警戒は不要だ)」
「いえ、お構いなく(しかし、脅威だ)」
家路をたどる間、ゴルジが旅人にあれこれ世間話を振ったが、二人の異星人は適当に受け答えしながら、無音の対話を続けた。
(君の体は、われわれクイックシルバーと違って、物質循環が閉じていない。痕跡が残るのは人類種族のせいではないよ。分析されても仕方あるまい)
(だが、黙っておってもよいものを‥‥いきなり自ら暴露するとは‥‥愚かな)
(違う。人類の行動原理において、知識を独占することは、しばしば優先順位が下がる、というだけのことだ。むしろ苦痛をなくすこと、快適にすることが優先される、普通とは逆に)
(なんで地球人が私を楽しくしなきゃならんのだ)
(彼らには生物種の区別がつかないのだ。不思議なことに)
(‥‥)
(私の知見に価値があることが理解できたと思う。ついては代価として協力を求めたい)
(‥‥)
(彼らを警戒させてはいけない。われわれ双方の不利益につながる)
(‥‥君の仮説が却下されるまで、その方向で行動することに同意する)
ケトルドラマーの偽りの平静は、しかし一分も持たなかった。
農家の扉を開けると、そこにいたのは猫のルクレツィアと犬のチェーザレ。寄り添って昼寝している。
さて、そのとき人類はまだ知らなかったが、後にスナドリネコとウルフリングと呼ばれることになる種族がある。同じ惑星に生まれたがために、生息環境を巡って熾烈な争いを続けている、不倶戴天の敵同士だ。同じ場所にいて、流血沙汰にならないはずの無い者たちだった。
姿は犬と猫によく似ている。(パンポン・タントン・コン)も誤認した。だがそのとき得た彼の霊感は正しい。
人類の本質は動物使いだ。膝が崩れるような恐怖とともに、彼は未来を脳裏に描いた。
退化して飼いならされた愛玩動物、かつてのケトルドラマーの末裔を。
「ブー」
またはじまった、とエミリオ・ゴルジは思った。地球に来たての異星人は皆、家畜に向かって挨拶する。もちろん飼い主にもするのだが。人間と動物の区別がつかないのか。しかし野生動物と人間はちゃんと識別できるらしい。不思議なことだ。
ケ トルドラマー種族の頭部は、八個のルーペを、柄の先を軸に扇のように開いた形をしている。ルーペにはレンズの代わりに鼓膜が張られていて、発声器官と聴 覚器官を兼ねている。一番高い所にある一対の鼓膜が一番小さく、左右に離れるにつけ大きくなっていく。それぞれ帯域が異なるわけだ。
「失礼ですが親御さんにはあんまり似ておられませんな」
当たり前だ。
「それは豚です。私の子じゃない。家畜ですよ」
ゴルジは本職の農夫だが、実は国連職員でもある。肩書きはずらずら長いが、要するに異星人にイタリアの農村生活を体験してもらおう、というホームステイのホストが仕事だ。
(パンポン・タントン・コン)は絶句しているように見えた。
これまたいつものことだ。イタリア語を自由に操り、家畜という言葉を知っていてさえ、実物を前に、異星人はあからさまにショックを受ける。
マルコに来てもらってよかった。第三者から説明されれば納得するだろう。さもなくば、新しい下宿人は、猫のルーシーや犬のシーザーにまで、いちいち自己紹介をしかねない。
マ ルコはシリウス系のミラーボール星から来たクイックシルバーだ。ミラーボール星は、六千年前、シリウスBの新星化によって大気を引き剥がされ、惑星自体 も鏡面のように磨かれてしまった。住民は、全身をサイボーグ化することで生き延びた。手にも足にも変形自在の、反射性の絶縁皮膜に包まれた、水銀の滴のよ うな生物。
ゴルジの農場にひと月前から逗留しているが、最初はこのケトルドラマーより衝撃が大きかった。なにしろ彼の故郷では、クイックシルバー 種族以外の生物は、 彼が生まれる遥か以前に絶滅している。一つの星に複数の生物種が存在すること自体が異常なのだ。なのに、ああ、先祖の骨よ。地球の人類種族は、他の動物種 を傍らに住まわせているのです。
マルコ(ゴルジがつけた名前だ。彼の本名は一瞬の電波信号である)はケトルドラマーに向けて絶縁皮膜の一部を振動させた。
「はじめまして(パンポン・タントン・コン)。私は、マルコと呼ばれています。ごらんの通りクイックシルバー種族のものです」
同時に、人間には聞こえない高周波の集束ビームを照射した。
(動揺するな。冷静を装え。人類種族に警戒させるな)
ケトルドラマーは、見たところ人間と同じ、二本の腕と一個の頭を持つ二足歩行動物である。だが実際には左右対称の六肢生物から進化した。頭に見えるのは音波の送受信に特殊化した一本の腕にすぎない。では残る一本は?
衣 服の襟元を止めるブローチの奥に、「頭」をそのままミニチュアにした八本指の鼓膜の束が隠されていた。ブローチに刻まれた、彫刻に偽装した開口部を通じ て、超音波を送受信できるのだ。この能力は人類には秘密にされていた。自衛のためである。星際社会にとって、新参者である人類種族は、いずれ敵対するかも しれない相手だ。
(パンポン・タントン・コン)は、マルコと同じように、二つの周波帯で返信した。
「よろしくお願いします、マルコさん(資源動物を栽培するなんて。異常行動だ)」
「こちらこそ。旅はいかがでしたか?(地球では普通だ。旅は快適だったろう?)」
「快適でしたが、何せ長旅でね‥‥(そうなんだ。乗り物に乗っている間、生命維持装置の負荷がゼロだった。わが種族の代謝を分析したに違いない)」
ゴルジは慌てて豚を足元から追い払った。
「おっと、こりゃいかん。お疲れでしょう。中へどうぞ」
「荷物は私が持ちましょう(人類種族にとっては標準の手続きだ。警戒は不要だ)」
「いえ、お構いなく(しかし、脅威だ)」
家路をたどる間、ゴルジが旅人にあれこれ世間話を振ったが、二人の異星人は適当に受け答えしながら、無音の対話を続けた。
(君の体は、われわれクイックシルバーと違って、物質循環が閉じていない。痕跡が残るのは人類種族のせいではないよ。分析されても仕方あるまい)
(だが、黙っておってもよいものを‥‥いきなり自ら暴露するとは‥‥愚かな)
(違う。人類の行動原理において、知識を独占することは、しばしば優先順位が下がる、というだけのことだ。むしろ苦痛をなくすこと、快適にすることが優先される、普通とは逆に)
(なんで地球人が私を楽しくしなきゃならんのだ)
(彼らには生物種の区別がつかないのだ。不思議なことに)
(‥‥)
(私の知見に価値があることが理解できたと思う。ついては代価として協力を求めたい)
(‥‥)
(彼らを警戒させてはいけない。われわれ双方の不利益につながる)
(‥‥君の仮説が却下されるまで、その方向で行動することに同意する)
ケトルドラマーの偽りの平静は、しかし一分も持たなかった。
農家の扉を開けると、そこにいたのは猫のルクレツィアと犬のチェーザレ。寄り添って昼寝している。
さて、そのとき人類はまだ知らなかったが、後にスナドリネコとウルフリングと呼ばれることになる種族がある。同じ惑星に生まれたがために、生息環境を巡って熾烈な争いを続けている、不倶戴天の敵同士だ。同じ場所にいて、流血沙汰にならないはずの無い者たちだった。
姿は犬と猫によく似ている。(パンポン・タントン・コン)も誤認した。だがそのとき得た彼の霊感は正しい。
人類の本質は動物使いだ。膝が崩れるような恐怖とともに、彼は未来を脳裏に描いた。
退化して飼いならされた愛玩動物、かつてのケトルドラマーの末裔を。
12/27/2004
12/09/2004
BC6でboost-1.32.0のserializationをビルドするには、という話
BC6でboost-1.32.0のserializationをビルドするには、という話。
- spirit 1.6をboost CVSからとってくる
目的のブツはこれ。
フォルダ(例えばC:/Libs/boost/SPIRIT_RC_1_6_2)を作って右クリック、CVSチェックアウト(*1)。
モジュールタブのCVSROOTに
リビジョンタブのブランチまたはタグ名、リスト更新、ブランチ・タグ名からSPIRIT_RC_1_6_2、
モジュールタブに戻って一番下のモジュールのところに
OK。
- ビルド
boost_1_32_0/boost/spiritをリネームする。
コマンドプロンプトから、
boost_1_32_0/boost/spiritを元に戻す。
先日、cppllに投稿した記事の改訂。反応が薄かった。もしこれを参考にした人がいるなら、どうやってテストしたんだろう? テストツールはbc6じゃビルドできないのに。知らなかったのは私だけってことだろうか?
(*1)TortoiseCVS、解説
- spirit 1.6をboost CVSからとってくる
目的のブツはこれ。
フォルダ(例えばC:/Libs/boost/SPIRIT_RC_1_6_2)を作って右クリック、CVSチェックアウト(*1)。
モジュールタブのCVSROOTに
:pserver:anonymous@cvs.sourceforge.net:/cvsroot/boost
リビジョンタブのブランチまたはタグ名、リスト更新、ブランチ・タグ名からSPIRIT_RC_1_6_2、
モジュールタブに戻って一番下のモジュールのところに
boost/boost
OK。
- ビルド
boost_1_32_0/boost/spiritをリネームする。
コマンドプロンプトから、
set SPIRIT_ROOT=C:\Libs\boost\SPIRIT_RC_1_6_2\boost
bjam -sTOOLS=borland --prefix=C:\Libs\boost install
boost_1_32_0/boost/spiritを元に戻す。
先日、cppllに投稿した記事の改訂。反応が薄かった。もしこれを参考にした人がいるなら、どうやってテストしたんだろう? テストツールはbc6じゃビルドできないのに。知らなかったのは私だけってことだろうか?
(*1)TortoiseCVS、解説
12/08/2004
テスト
量子コンピュータが実用化された当初から、奇妙なノイズ混入が問題になっていた。量子演算のために非決定論的状態におかれているキュービット配列が、虫食いのように勝手に収束してしまうのだ。
原因解明の最初の手がかりは、太陽系外縁に送り込まれた探査ロボットたちからもたらされた。現象は、太陽系の、カノープスに近い側では、反対側よりもわずかに高頻度で発生するのだった。
結局それは、カノープスの方向から何者かが高速で接近してくることを示していると思われた。その何者かは接近中に、星間分子を「観測」することで量子状態 を収束させ、数十億年前にその分子と切り離された、量子もつれの関係にある相棒をも同時に収束させてしまっていたのである。たまたまその相棒が太陽系内に 存在し、かつ量子コンピュータのキュービットとして使われていたために、虫食い現象として観測されたのだった。
法則が理解できれば、利用することができる。量子メモリは加速度的な増産体制に入り、島ほどもある非決定論的キュービット配列が次々と遠軌道に送り込まれ、宇宙を見張る目となった。
何かが、宇宙開闢のインフレーション的膨張の速度で、太陽系にやってくる。光速を超えるといってもわずか数倍、茫漠たる宇宙では這うが如き苦しい旅を。
手段はともかく、動機は誰もが知っている。
「何か」の観測データから、人類文明は膨大な知識を吸収した。量子メモリの大増産に伴う好景気や技術の発展も進歩を後押しした。だから、ファーストコンタクトのときには、すっかり準備が整っていた。
捕虫網がわりの重力カタパルトが捕らえたのは、ドラム缶ほどの大きさのカプセルだった。カプセルは太陽系の手前で自ら光速以下に減速し、駆動装置を内蔵していることを教えていた。
このカプセルを分析すれば、超光速駆動が手に入る。
無償の好意の理由を、誰もが知っている。
はるか遠方で手紙の返事を待つ、カノープス人の孤独を、人々は思った。
原因解明の最初の手がかりは、太陽系外縁に送り込まれた探査ロボットたちからもたらされた。現象は、太陽系の、カノープスに近い側では、反対側よりもわずかに高頻度で発生するのだった。
結局それは、カノープスの方向から何者かが高速で接近してくることを示していると思われた。その何者かは接近中に、星間分子を「観測」することで量子状態 を収束させ、数十億年前にその分子と切り離された、量子もつれの関係にある相棒をも同時に収束させてしまっていたのである。たまたまその相棒が太陽系内に 存在し、かつ量子コンピュータのキュービットとして使われていたために、虫食い現象として観測されたのだった。
法則が理解できれば、利用することができる。量子メモリは加速度的な増産体制に入り、島ほどもある非決定論的キュービット配列が次々と遠軌道に送り込まれ、宇宙を見張る目となった。
何かが、宇宙開闢のインフレーション的膨張の速度で、太陽系にやってくる。光速を超えるといってもわずか数倍、茫漠たる宇宙では這うが如き苦しい旅を。
手段はともかく、動機は誰もが知っている。
「何か」の観測データから、人類文明は膨大な知識を吸収した。量子メモリの大増産に伴う好景気や技術の発展も進歩を後押しした。だから、ファーストコンタクトのときには、すっかり準備が整っていた。
捕虫網がわりの重力カタパルトが捕らえたのは、ドラム缶ほどの大きさのカプセルだった。カプセルは太陽系の手前で自ら光速以下に減速し、駆動装置を内蔵していることを教えていた。
このカプセルを分析すれば、超光速駆動が手に入る。
無償の好意の理由を、誰もが知っている。
はるか遠方で手紙の返事を待つ、カノープス人の孤独を、人々は思った。
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