1/13/2005

動物使い

「やあ、はじめまして。私、(ティンパニのような楽しげな旋律。パンポン・タントン・コン)です。アルタイルのケトルドラマーです」
「ブー」
またはじまった、とエミリオ・ゴルジは思った。地球に来たての異星人は皆、家畜に向かって挨拶する。もちろん飼い主にもするのだが。人間と動物の区別がつかないのか。しかし野生動物と人間はちゃんと識別できるらしい。不思議なことだ。
ケ トルドラマー種族の頭部は、八個のルーペを、柄の先を軸に扇のように開いた形をしている。ルーペにはレンズの代わりに鼓膜が張られていて、発声器官と聴 覚器官を兼ねている。一番高い所にある一対の鼓膜が一番小さく、左右に離れるにつけ大きくなっていく。それぞれ帯域が異なるわけだ。
「失礼ですが親御さんにはあんまり似ておられませんな」
当たり前だ。
「それは豚です。私の子じゃない。家畜ですよ」
ゴルジは本職の農夫だが、実は国連職員でもある。肩書きはずらずら長いが、要するに異星人にイタリアの農村生活を体験してもらおう、というホームステイのホストが仕事だ。
(パンポン・タントン・コン)は絶句しているように見えた。
これまたいつものことだ。イタリア語を自由に操り、家畜という言葉を知っていてさえ、実物を前に、異星人はあからさまにショックを受ける。
マルコに来てもらってよかった。第三者から説明されれば納得するだろう。さもなくば、新しい下宿人は、猫のルーシーや犬のシーザーにまで、いちいち自己紹介をしかねない。

マ ルコはシリウス系のミラーボール星から来たクイックシルバーだ。ミラーボール星は、六千年前、シリウスBの新星化によって大気を引き剥がされ、惑星自体 も鏡面のように磨かれてしまった。住民は、全身をサイボーグ化することで生き延びた。手にも足にも変形自在の、反射性の絶縁皮膜に包まれた、水銀の滴のよ うな生物。
ゴルジの農場にひと月前から逗留しているが、最初はこのケトルドラマーより衝撃が大きかった。なにしろ彼の故郷では、クイックシルバー 種族以外の生物は、 彼が生まれる遥か以前に絶滅している。一つの星に複数の生物種が存在すること自体が異常なのだ。なのに、ああ、先祖の骨よ。地球の人類種族は、他の動物種 を傍らに住まわせているのです。
マルコ(ゴルジがつけた名前だ。彼の本名は一瞬の電波信号である)はケトルドラマーに向けて絶縁皮膜の一部を振動させた。
「はじめまして(パンポン・タントン・コン)。私は、マルコと呼ばれています。ごらんの通りクイックシルバー種族のものです」
同時に、人間には聞こえない高周波の集束ビームを照射した。
(動揺するな。冷静を装え。人類種族に警戒させるな)

ケトルドラマーは、見たところ人間と同じ、二本の腕と一個の頭を持つ二足歩行動物である。だが実際には左右対称の六肢生物から進化した。頭に見えるのは音波の送受信に特殊化した一本の腕にすぎない。では残る一本は?
衣 服の襟元を止めるブローチの奥に、「頭」をそのままミニチュアにした八本指の鼓膜の束が隠されていた。ブローチに刻まれた、彫刻に偽装した開口部を通じ て、超音波を送受信できるのだ。この能力は人類には秘密にされていた。自衛のためである。星際社会にとって、新参者である人類種族は、いずれ敵対するかも しれない相手だ。
(パンポン・タントン・コン)は、マルコと同じように、二つの周波帯で返信した。
「よろしくお願いします、マルコさん(資源動物を栽培するなんて。異常行動だ)」
「こちらこそ。旅はいかがでしたか?(地球では普通だ。旅は快適だったろう?)」
「快適でしたが、何せ長旅でね‥‥(そうなんだ。乗り物に乗っている間、生命維持装置の負荷がゼロだった。わが種族の代謝を分析したに違いない)」
ゴルジは慌てて豚を足元から追い払った。
「おっと、こりゃいかん。お疲れでしょう。中へどうぞ」
「荷物は私が持ちましょう(人類種族にとっては標準の手続きだ。警戒は不要だ)」
「いえ、お構いなく(しかし、脅威だ)」
家路をたどる間、ゴルジが旅人にあれこれ世間話を振ったが、二人の異星人は適当に受け答えしながら、無音の対話を続けた。
(君の体は、われわれクイックシルバーと違って、物質循環が閉じていない。痕跡が残るのは人類種族のせいではないよ。分析されても仕方あるまい)
(だが、黙っておってもよいものを‥‥いきなり自ら暴露するとは‥‥愚かな)
(違う。人類の行動原理において、知識を独占することは、しばしば優先順位が下がる、というだけのことだ。むしろ苦痛をなくすこと、快適にすることが優先される、普通とは逆に)
(なんで地球人が私を楽しくしなきゃならんのだ)
(彼らには生物種の区別がつかないのだ。不思議なことに)
(‥‥)
(私の知見に価値があることが理解できたと思う。ついては代価として協力を求めたい)
(‥‥)
(彼らを警戒させてはいけない。われわれ双方の不利益につながる)
(‥‥君の仮説が却下されるまで、その方向で行動することに同意する)
ケトルドラマーの偽りの平静は、しかし一分も持たなかった。
農家の扉を開けると、そこにいたのは猫のルクレツィアと犬のチェーザレ。寄り添って昼寝している。
さて、そのとき人類はまだ知らなかったが、後にスナドリネコとウルフリングと呼ばれることになる種族がある。同じ惑星に生まれたがために、生息環境を巡って熾烈な争いを続けている、不倶戴天の敵同士だ。同じ場所にいて、流血沙汰にならないはずの無い者たちだった。
姿は犬と猫によく似ている。(パンポン・タントン・コン)も誤認した。だがそのとき得た彼の霊感は正しい。
人類の本質は動物使いだ。膝が崩れるような恐怖とともに、彼は未来を脳裏に描いた。
退化して飼いならされた愛玩動物、かつてのケトルドラマーの末裔を。

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