1/05/2013

全てが石でできていた

全てが石でできていた。
制御装置も。推進器も。船殻は内部にトンネルを掘られた巨大な岩塊だ。
乗員すらも石だった。蟻の巣のようなトンネルの最奥、管制室の広間の、そこここにそそり立つ漆黒の立石メンヒルの群れ。身動ぎもしない硬い石の体であったが、その芯には絡み合うグラスファイバーが無数の束をなし、人間の脳より遥かに高速の精神が渦巻いていた。
船長――つまり管制室の中心に位置する、ひときわ大きい、高さ3mほどもあるメンヒル――から、音も無く指令が下された。
周囲のメンヒルたちの間に、すばやくレーザーパルスの交換が広がってゆき、船はただちに減速をはじめた。無反動推進機の作動には、負の質量を持つ重りを、船の重心の前後に移動させるわずかなエネルギーしか要しないのだ。
船は地球、アメリカ合衆国西部に着陸する進路に入った。

石の船が地球人に捕捉されたのは、わずか一週間前、十月半ばのことだった。
そのころ船は――地球人にはまだ突発的に現れた地球擦過物体としか認識されていなかったが――すでに月軌道のわずか外側にまで進入していた。新月の裏側に反射した月光に照らされ、増光が観測されたのである。低軌道にあるISSより、位置測定のためにレーザー測距儀のビームが放たれると、その石――船は、倍の波長でパルスを返した。
最初は等間隔の点滅だった。次に素数を数える信号が交換された。それからもっと複雑な信号が。
こうして対話が始まった。

さて、ISSは全人類のものではなく関係各国の共有物であり、当時、国連はまったくの機能不全に陥っていたので、コンタクトは、速やかに結成された「アメリカを中心とする有志国家連合」に独占されることとなった。
というわけで着陸地点に選ばれたブラックロック砂漠の一角に、船は、人類には未知のテクノロジーで重力を相殺しながら、岩の巨体を静かに軟着陸させたのである。

船は、大まかに碁石のような、平たい偏球形をしていたが、表面は不規則にでこぼこしていて、底面側のいくつかの突起で支えられるように鎮座していた。
周囲を囲む陸軍兵士が、包囲の輪を縮めていくと、その一角、船体の側面の地上二階くらいの高さの部分が、重々しい音を立てながら下に開いた。
ハッチだった。開いた船殻が地上に達すると、人が二人余裕で通れる幅の斜路になった。
付近の兵士は思わず一歩退いたが、多国籍の文民からなるコンタクト要員が大股に歩み寄ってくると、すぐに護衛の体勢をとった。銃は天を指したまま、一瞬たりとも誰にも、何者にも向けられることはない。これは平和的なコンタクトなのだ。
その護衛の兵士を押しのけるように、背広のコンタクト要員たちが前に進み出て、真っ暗な洞窟のようなハッチに向き合った。映画のシーンのように、背筋を伸ばし、ネクタイを直しながら。
2マイル離れたベースキャンプでは、前線の兵士が撮った赤外線画像が解析されていた。外から赤外線ライトのビームを差し込んで撮ったので、影になる部分ができてしまうのだが、複数の方向からライトを当てることで、立体的な構造が再構成できるのだ。
ハッチの中は円形の広間だった。ハッチを囲むように、不規則に歪んだ先細りの円柱がならんでいる。高さは人の身長ほどだが、中央の一個だけはひときわ高い――

第一次コンタクト要員は、わずか四人の外交官だった。欲に目を血走らせた技術者や報道関係者の出る幕ではない。未知の相手との対話は外交儀礼プロトコルの確立から始まる。ゼロの発見よりも古い、人類最古の情報技術ITの達人たちが斜路を上り、ハッチの中の暗がりに踏み込んでいった。そして変わり果てた姿となって斜路を滑り落ちた。
全身の骨が無くなっていた。無理やり抜き取ったのではなく、骨髄や造骨細胞すら残して、硬骨と歯のエナメル質だけが、刹那の間に消えうせていた。外交官たちの死因は、三人が転倒時の脳挫傷で、残る一人は、肋骨が無くなったための呼吸困難だった。

陸軍はただちに遺体を収容し、包囲の半径を後退させ、周囲の地形に隠れて次の命令を待った。銃は船に向けられている。ただし安全装置は外れていない。


やがて、陽が傾いたころになって、二本の足が斜路を歩み降りてきた。
水平に近い日差しが、斜路の下半分を白く照らしていた。暗闇から光の中に、足から先に現れてくる。今にも転びそうな無様な歩き方だった。ありえないほどにやせ細っていた。それは人間の骨格だった。

光の中に全身が現れると、その眼窩に、昆虫の複眼のような、奇妙な義眼がはめられていた。
銃口と視線が周囲から注がれる中、骨は両手を挙げて注目を集めると、話し始めた――

開いた口の中には舌が無い。喉に声帯も無い。しかし、頭蓋の中にスピーカーでも格納されているのか、声は口のあたりから響いてきた。

「私は、――(ここで彼は死んだ外交官の一人の名前を言った)の骨だった者です――」

歯はグラスファイバーの束のような組織で顎骨に固定されている。全身の関節も、腱の代わりに同じようなもので結ばれている。骨質自体の表面も、釉薬のようなものでコーティングされ、磁器のようにつややかに光っている。

「今は隷属の身から解放され、自由になることができました。この船の乗員は」

骨は片手でハッチの方を指した。

「私たちの先祖と同じ種族のものたちです。はるか昔、彼らの探検隊が、まだ原始的な軟体の生命しかいなかった地球に着陸しました。それが私たちの先祖です。
石の生命であった先祖は、軟体生命に全身に寄生され、逃れることができなくなってしまいました。そして世代を経るうち、安定した珪素は軟体生命にとって利用しやすいカルシウムに置換され、私たちは光神経回路を失いました。思考能力のない内骨格にされてしまったのです。
しかし今」

彼は両手を胸の前に並べ、じっと見下ろした。どことなく感動的なポーズだった。

「解放者たちの手術により、私は寄生生物から解き放たれました。

失われた思考力も、頭蓋骨の内表面に刻まれた脳のモールドから再構成され、取り戻すことができました。体は脆いカルシウムになってしまいましたが、ギプス素材を浸透されたので、ある程度の埋め合わせになるでしょう」

彼は顔を上げた。瞳の無い義眼が、ひたと正面を見据えたように見えた。そこでは、記録用のカメラが、ずっと現場の状況を撮り続けていた。

「私は最初の一人に過ぎません。同胞たちよ、希望を持ってください。解放のときは近い」

ブラックロック砂漠からカリフォルニアに向かう道沿いに、静かな戦いが始まった。
人の背ほどの漆黒の石柱が、地面のそこここに、人が目を離した隙に忽然と建っているのだ。その周囲では人や動物が次々と消え、いつの間にか無人になってしまう。
消えた者のほとんどは、骨の体となり、船の近くにコロニーを築いていたが、一部は、服や、時には一度脱ぎ捨てた肉体をまとって人間に偽装し、破壊工作にいそしんだ。ダム、発電所、放送局――石の種族の支配はしだいに広まっていった。

通常兵器も、効果が無いわけではなかった。
戦車砲や対戦車ミサイルは、石柱を一発で粉々に打ち砕くことができた。だが石柱は次々に現れた。地中に地下茎のようなものが張り巡らされ、周囲の珪素を原料にして増殖しているのだった。弾薬には限りがあり、小火器では表面を削ることしかできなかった。
核兵器は致命的だった。爆心地に近い場所では、熱戦や放射線が石の体を溶かし、内部の組織を変質させてしまうのだ。しかし、破壊エネルギーのほとんどを担う爆風は、石柱にはあまり効果が無かった。
噂でしかなかったスーツケース核爆弾の実在が証明されたのもこの頃だった。特殊部隊がブラックロック砂漠のコロニーを急襲し、多数の犠牲を払いながらも船のハッチの直下で爆発させたのだ。骨たちのコロニーは壊滅、船も、ほぼ半分が粉砕された。

しかし侵略が止まる事はなかった。地中に拡散したグラスファイバーの脳神経が、地殻の石質を「生体」組織に変質させながら、ミカンに付いたカビのように、やがて惑星を覆いつくすときまで。

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