死神博士は激怒した。いならぶ助手たちには、手術着を通して肩から立ち上る青白い炎がはっきり見えた。解剖台上にだらりと広がった蛙のような贅肉の塊、こ りゃなんだ? 体の自由は奪われていても、意識は保っているだろうに、抵抗する気力も無い濁った眼、見苦しく緩んだ体、内臓器官の不調を疑わせる荒れた 肌。
博士は握ったメスを逆手に持ち替え、膨れた腹に突き立てた。
「───! ───!」
苦痛に身をよじり、初めて生き物らしい徴候を見せた被験者に一瞥もくれず、博士は後ろ上方の見学室に向き直り、手術帽とマスクをかなぐり捨てて、ガラスの向こうの軍服の男に指を突きつけた。
「やいゾル! この被験者はどういうつもりだ! いまどき秋葉原だってまだ生きのいいのが見つかるぞ。もっといい素材を持って来い!」
「おまえは板前か!」
ゾル大佐は言い返したが、内心ばつの悪い思いをしているようで、弱弱しく言い訳した。
「頭脳明晰、身体頑健、志操堅固なんてのは滅多におらんよ。改造しても逃げちゃうし」
「人事みたいに言うな! まったくもうっ」
そそくさと手術室を片付ける助手たちを尻目に、博士は足音も荒く手術室を後にした。
死神博士は鎮静剤の必要を感じていた。かつては傲慢以外の罪に縁の無かった彼だが、ゾル大佐と組んでから怒りっぽくなった。普段着のグレイのスーツに着替え、研究室のデスクに戻ったが、思索に集中できない。
こういうときはあれに限る。手の中に、一組のカードが、魔法のように忽然と現れる。タロット。ピアニストのように長い、汗ばむことのない指に操られ、カードは風にそよぐ木の葉か、流れる砂のような音楽を奏でた。
絶好調だ。ひとしきりカードと戯れた後、博士はデスクの上に、過去、現在、未来を表す三枚のカードを裏向きにスプレッドした。次の一瞬、残りのカードが隠しポケットに消える。
おもむろに過去のカードを開く。
死神。ラッキーカードだ。
次に現在。
悪魔。
(悪魔女医‥‥しばらく会っていないな)
デスクの上のカードをなでると、それらは消滅する。未来はいつも見ない。彼は占いを信じない。
悪魔女医は、死神博士の同僚である。かつて彼の助手として組織に加入したのだが、他の十把一絡げと違って本物の才能があるのがわかったので、さっさと独立 させた。以来、国際人体改造学会の最先端の座を、二人で分け合ってきたと信じている。手術の腕もいい。最近は、痛くないという理由で彼女を指名する被験者 が多いということだ。
(軟弱者どもが)
とはいえ、死神博士自身も、自分の手術は頼みたいと思っている。世の中の誰に対しても冷淡で、よくて実験材料、しばしばそれ以下としか思わない博士だが、彼女は別だ。
ただひとつ困ったことがあるとすれば、タコ好きの変わり者だということだ。
確かにヒョウモンダコの毒性や、擬態能力は大したものだ。だが改造人間のモチーフとしてはやはりイカだ。イカで決まりだ。このへんで意見がかみ合わず、い つも喧嘩になってしまうのだが‥‥季節の和菓子でも持って遊びに行こう。手づから茶を淹れてくれるだろう。いつものように。
0 件のコメント:
コメントを投稿