9/07/2006

タロット(講談社「こわい! 話」選外)

 タロットというものがある。
 知っている人も多いと思う。七十八枚で一組のトランプのようなものだ。
 そのうち二十二枚には、「死神」とか「運命の輪」とか意味ありげな名前がついていて、きれいだけど意味がよく分からない奇妙な絵が描いてある。
 残りの五十六枚も、不思議な絵柄は同じこと。ただし、こちらは、トランプに似たマークと数字が付いている。マークは四つ。剣、コップ、金貨、杖。数字はエース、二から十、ジャック(ペイジとも言う)、クイーン、キングと‥‥それからナイト、つまり騎士のカードがある。
 四枚のナイト。四人の騎士。
「世界が滅びるときに現れると言われてる、黙示録の四人の騎士なのさ」
 ぼくにタロット占いを教えてくれた叔父は言った。
「今はまだその時じゃない。だからトランプには入っていない」
「なぜタロットには?」
「テストのためさ。見えるかい?」
 叔父はカードの束から四枚抜き出して、ぼくに見せた。
 白紙だった。
 叔父はぼくの顔をのぞきこんで‥‥そして深いため息をついた。
「‥‥見えないんだな?」

 それは本物の予言者の証拠だ、と叔父は言った。タロットは、占い師を選ぶ。選ばれた者にだけ、真実を明かす。
 そして存在しないものは見せない。
 その日から、ぼくの訓練がはじまった。

 おぼえなきゃいけないことは、かなり多い。カードの名前、意味。混ぜ方、並べ方(スプレッドと言う)。カードの組み合わせによる、特別な意味(コンビネーションと言う)。
 楽なもんだった。ぼくには才能があった。机の上のカードが、それぞれ語りかけてくるようだった。
 いや、本当に声が聞こえたのだ。
 誰かが嘘をついても、「正義」のカードに描かれた、天秤を持つ女神が、本当のことを教えてくれた。
 「悪魔」のカードには、人をあやつる方法を教わった。先生や女の子には、相手が聞きたいと思っていることを先に言えば、かんたんに気に入ってもらえるし、逆に、いやな奴には、相手の秘密を耳元でささやいて、ぼくを恐れさせることもできた。
 「吊られた男」の言うことは、うわごとのようで、さっぱり意味が通じなかった。でも「恋人」のアドバイスは的確そのものだった。十一歳で、ガールフレンドが三人もいて、しかも三人とも、自分が一番だと思ってる‥‥なんて、なかなかでしょう? いろいろ大変だけどね。

 叔父も、騎士たちを見たことがない、本物の占い師だった。でも、仕事はべつに持っていて、タロットを、ギャンブルやお金もうけに使おうとしなかった。
 理由をたずねたら、目立つのがいやなんだ、と言った。
「金持ちになれば、ついぜいたくをしてしまう。金を使えば、出どころをせんさくされる‥‥」
 何かいやな目にあったことがあるようだった。ぼくの両親が、叔父のことを好きじゃないことにも関係あるかもしれない。
「おまえはまだ子供だから、だいじょうぶだろうが‥‥大人になっても、楽してもうけようなんて思うなよ」

 叔父が人前で占いをしないのも、同じ理由なんだろう。タロットを見せるのは、ぼくのような子供にだけだったし、ぼくが予言者だと分かってからはそれもやめた。
 タロットは、ぼくと叔父だけの秘密になった。
 叔父は、部屋が六つもある広いアパートに住んでいた。(どうやら叔父も、たまには欲にかられることがあったようだ。)
 その一番奥が、タロットのための秘密基地だった。ぼくが占い師の訓練をうけた部屋でもある。
 窓には厚いカーテンがかけられ、空気はいつもひんやりしていた。一方の壁には本がぎっしり詰まった本棚が、反対側には、飛行機や船のプラモデルの大軍団がずらりと並んだガラスケースがあった。
 真ん中のデスクが、叔父が予言者の正体をあらわす、ただ一つの場所だった。ぼくはもうかなり上達していたので、叔父の占いをそばで見て、自分の意見を言うこともあった。
 「コップの五」が表向きになると、叔父は緊張した。危険を警告するカードだからだ。「剣の十」を見るとうんざりした顔をした。「塔」が現れたときには大慌てになった。
 占いが終わると、叔父はかたわらのノートパソコンを開いて、使い捨てのフリーメールアカウントから、矢継ぎ早にメールを放つ。あて先は警察や消防、病院、官公庁。
 ぼくたちの住む街は、事故や犯罪の発生率が全国平均と比べてとても低い、住みよい所なのだが、その理由をわかってもらえるだろうか?
 叔父の能力には限界がある。だいたい市内のことしか分からないし、予知できるといってもせいぜい三日かそこらだけれど、その力の及ぶ限り、叔父はこの街の守護者だったのだ。

「なんたって平和が一番だからね」
 叔父は照れくさそうに言った。
「私自身のためでもある」

 だがある日、いつものようにタロットをスプレッドした叔父は、いきなり真っ青になって、ぼくを追い出した。
「今日はもう帰れ」
 アパートのドアを閉めながら、叔父はかすれた声で言った。
「明日、兄さん‥‥お前のお父さんと一緒に来てくれ。必ず来てくれ。
 明日から、あの部屋の本もプラモデルも、お前のものだ。それと」
「何」
「なんでもない」
 ドアが閉じられた。

 翌日、父とぼくは、叔父がベッドで死んでいるのを発見した。心臓発作による、突然の死だった。

 父は叔父のアパートを処分した。本もプラモデルも捨てられてしまった。置く場所がないという理由で。でも本当は、ぼくから叔父の影響を消し去りたかったんだと思う。
 でも、ノートパソコンはぼくの物になった。
 それと‥‥
(お前のものだ。それと)
(何)
 こう言いたかったに違いない。
(私が死んだら、この街を頼む)
 ぼくは守護者の使命をも相続したのだ。

 あの日、叔父には、タロットがすべて白紙に見えたのだろう。自分に未来が無いことを知ってしまったのだ。
 ぼくに使命を継がせるのをためらったのは、きっと、子供には無理だと思ったからだ。
 そうかもしれない。叔父の死から半年、ぼくなりに、せいいっぱいやってきたつもりだけれども‥‥
 今、ぼくは、叔父が最期に見たものと同じものを見ている。
 勉強机の上に広がった空白のカードの群れ。空白の未来。
 ただ、四枚だけ‥‥
 恐ろしい姿の四人のナイトが、ぼくを無慈悲に見つめていた。